火山噴火の常識を変えた日。雲仙・普賢岳の火砕流から35年に思う

 今日(6/3)は、43名が犠牲になった長崎県の雲仙・普賢岳で発生した大火砕流から35年目。今年も、この火砕流に関するニュースが出ていました。

【ニュースの内容】
長崎県の雲仙・普賢岳で43人が犠牲となった大火砕流から35年を迎え、島原市では消防団員や警察関係者、遺族らが追悼の献花を行った。古川隆三郎市長は当時消防団員として活動しており、「教訓を伝え続けたい」と語った。被害者の高齢化が進む中、体験や記憶をどう継承し、防災に生かすかが課題となっている。避難勧告区域内で取材を続けた報道関係者や見回り中の消防・警察も犠牲となった惨事の重さを改めて見つめ直す日となった。


当時は、雲仙・普賢岳を知る人間からすると「雲仙は温泉地で、雲仙地獄があるところ」という観光地のイメージで、毎日報道される溶岩ドームが大きくなるのを見ながら、信じられないと思っていました。

正直なところ、溶岩ドームが崩れて「火砕流」が発生するなんて思っていなかったし、それが高温であるとは知りませんでした。そういうこともあって、「火砕流」の被害よりも火山灰が土石流になって被害が出ていることや、過去の噴火同様に眉山が崩壊して津波被害が発生する『島原大変、肥後迷惑』が再び起きる可能性が報道されていたことを思い出しました。

この災害をうけて、”火山噴火→火砕流の危険性”が常識になったことがあるので、被害者の方々が火砕流の恐ろしさを知らないまま制限エリアに入ったことは非難できないと思います。
ただ、多くの消防団の方たちは「マスコミが制限エリアに入って、民家のコンセントの無断借用をしたり好き放題していた」ことが原因で警備のためにエリアに入っていたことを考えると、住民の中にある「マスコミのせいで消防団員が犠牲になった」という気持ちは否定できないと思います。
実際、島原出身の方から聞いた話でも、同級生の何名かが火砕流で亡くなったらしく、「マスコミへの恨みのようなものを誰もが持っている」と言っていました。

あれから35年。
マスコミは、この日を「災害報道」を見つめなおすタイミングにしてもらいたいと思うし、マスコミだから許されるというエゴがなかったかを考えてもらいたいなと思います。

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